なぜメルボルン移住?
とうちゃんの口癖 「夢は口にする事によって現実になるよ。」
これは自分がやりたいと思ったことはどんどん皆に言う、自分の口から発することによってより自分の中に取り入れる。 そうすることによって、 他人に言った事への多少の責任と自分への意識でよりその夢に目指そうという意欲が高まるのだそうです。 とうちゃんちょっと違っていたらごめんな。
かあちゃんととうちゃんは結婚する前、 オーストラリアのメルボルンというところに留学生として滞在してました。 かあちゃんは高校、大学と4年間。 とうちゃんは日本で大学を卒業してからオーストラリアのPost Graduateという大学のコース。(日本で言う大学と大学院の間みたいなコースでしょうか) 3年間。 お互いにそれぞれ留学生活を送っていたときに知り合って付き合い始めました。 かあちゃんとしてはメルボルンが大好きだったのでその後日本に帰国する事なんてまったく考えてもなく、 向こうで仕事をして住み続ける事を当然のように考えてました。 しかしとうちゃんの大学のコースが終盤に差し掛かった時、 私たちとしては思いがけない事が起こりました。 とうちゃんのお母様が病気でもう長くないだろうということでした。 とうちゃんもその当時はコースを卒業したら永住権をとってメルボルンに住み続けようと考えてました。 でも大学から県外に出て、家を離れ、オーストラリア留学までさせてもらった両親。 やはり自分の親を想う特別な想いがあったのだと思います。 まだ親を亡くしていないかあちゃんには考えようと思っても分からないことなんだと思います。 そこでのとうちゃんの決心。 ひとまず家に帰ろう・・・。
しかしその当時かあちゃんと付き合っていたとうちゃん。 どうする?? 遠距離恋愛? 別れる? いや、ないか。 結婚? そうでもないか・・・。 と今思い出せばほんの数週間のうちに私たち二人は色々考え、いろんな可能性を信じ話し合っていました。
若かったゆえの決断。 二人は結婚する事に決めました。
今結婚して7年近くになりますが、 このとき結婚を決めたのは正解だったと思います。 その後とうちゃんには本当に幸せにしてもらっていると思ってます。 でも悪い意味ではなくこの時に結婚という決断ができたのは本当に若かったからだと思います。 一緒に居たいという気持ちでしか結婚を決断してません。 とうちゃんはまだ学生だったし、もちろん先の仕事の予定なんかもまったくなく、当然貯蓄もゼロ。 かあちゃんはまだ十代。 しかもバリバリ親のすねかじりの留学中。 もう少し年齢を重ねたうえで、よくよく考えたらなかなかできない決断だったと思います。
その後日本に帰国して日本での生活が始まりました。 とうちゃんのお母様はしばらくして亡くなられました。 とうちゃんはじばらくお父さんとの時間を大切にしたいと言っていたので数年は日本で生活するつもりでした。 でも日本に帰国した当初から ”絶対またオーストラリアに行くよね” って気持ちはありましたし、むしろ自分たちがまたオーストラリアで生活してるのは当然でしょう、ぐらいの気持ちでした。 なのでずーーーーーーっとオーストラリアでの生活を夢みながら日本での現実でした。 そして妊娠して、 出産、 育児、 また妊娠、出産・・・・・・・・・・・。 あれよあれよと3人出産。 そして6年。 その間もオーストラリアの永住権取得への情報収集はかなりしてましたが、 永住権のハードルの高さ。
長くなりましたので、続きに書かせてもらいます。
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